うなぎに関するウンチク

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うなぎに関するウンチク

台湾うなぎ缶詰「焼鰻(野生海鰻)」

うなぎ愛好会ブログの読者様より台湾の鰻蒲焼缶詰をいただきましたのでレポートしてまいります。うなぎ缶詰「焼鰻(野生海鰻)」
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うなぎの蒲焼、関東風と関西風について

関東風と関西風の大きな違いは背開きか腹開きかと、蒸すか蒸さないかだろう。関東風は背開き、白焼き、蒸す、竹串を使う、頭を落としてから焼く関西風は腹開き、蒸さない、金串を使う、頭をつけたまま焼き最後に落とす。というところだろう。
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美味しいもの探訪030~千葉県成田市「下田康生堂ぱん茶屋」さん

ひとつ食べると腹が膨れる。ふっくら焼きたてパンと鰻の蒲焼のコラボレーション。ここでしか食べられないパンだ。恐るべしうなぎのぼりの街成田。美味しいもの探訪030~長野県安曇野市「下田康生堂ぱん茶屋」さんを探訪する。
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鰻のタレ研究!?宮内庁御用達関ヶ原たまり

ちょっと、舐めてみる。甘みとコクの効いた濃厚な醤油だ。これだけでも、コクのある万能タレになりそうな感じ。うなぎのタレの場合、醤油・たまり・みりん、清酒、などをうまいこと調合して各店の味をつくることになる。自分用のタレづくりには欠かせないかもしれない。
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鰻のタレ研究!?醤油の「こいくち」と「うすくち」について

いろいろ調べていると醤油ソムリエという人が日本では数人いるのだとか。そのなかでも興味があるのは職人醤油.comというサイト。
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鰻のタレ研究!?うなぎタレに漁醤はつかえるか?

クセになるようなクセがすごい。ほんの少量でものすごい主張をする醤油だ。タレと調合するにはちょっと使い方が難しいようだ。
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アレンジ鰻レシピ~「くだらない」の語源はこれだった!?「うなたま」を作ってみた。

下り酒とは、江戸時代に上方で生産され、大量消費地である江戸へ運ばれた酒のことだ。鰻屋では伊丹(兵庫)の剣菱が呑まれていたようだ。上方からくだらない酒を下らない酒と呼んだそうで現在の「くだらない」の語源になっているとか。
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うなぎ食文化の歴史 その3

時代は明治維新へと進んでいく。うなぎの養殖は1879年(明治12年)に登場する。明治以降は、養殖うなぎの歴史となるようだ。1868年(明治01年)江戸城、無血開城。江戸を東京と改称。明治のころになると鰻屋の看板は「御蒲焼」なったようだ。
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カツ節で鰹節削器を使って出汁をとってみる。【昭和レトロ器具】

カツ節で出汁をとってみる。実家の押入れの奥から出てきた鰹節削器。まだあったんだ。こういうのを見ると使いたくなってしまう。うな重といえば吸い物がつきものだ。吸物を作ってみよう。
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うなぎ屋さん探訪208~東京都中央区日本橋「いづもや 別館」さん

いずもや本館に到着、本店の創業は1946年(昭和21年)テーブル席を予約したので本館の裏手の別館に案内される。本館は座敷席でサービス料が別途必要、テーブル席の別館ではサービス料はない。東京都中央区日本橋「いづもや 別館」さんを探訪する。
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うなぎの食文化の歴史 その2

蒲焼は江戸時代中期以降に確立されていいく。時代の背景なども併記していくと、わかりやすそうなので主な出来事などとともにご参考いただければと思う。うなぎの食文化 その2
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うなぎの食文化の歴史 その1

日本人の食文化にうなぎが登場するのは、遺跡から発見された魚の骨の中にウナギのものも含まれていることから新石器時代頃と言われている。どのように今の蒲焼になっていったのか調べてみた。
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土用丑の日の発祥についての諸説

土用丑の日の発祥についても諸説あるらしいが、それについて調べてみた。
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うな丼についての諸説

うな丼の発祥には諸説あるらしいが、それについて調べてみた。
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“鰻の街”浜松散歩~鰻養殖発祥の地「浜名湖」

浜松の鰻の養殖は1891年(明治24年)に原田仙右衛門が新居町で行ったのが始まり。当時は天然鰻を大きく育てて出荷するスタイル。1900年(明治33年)には深川で養鰻を試みた服部倉次郎が浜松舞阪で養殖を始める。うなぎの街、浜松の街散歩
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美味しいもの探訪027~静岡県浜松市「うなぎパイファクトリー春華堂」さん

春華堂は1887年(明治20年)浜松の露店の菓子屋として創業。うなぎパイは1961年(昭和36年)に登場。うなぎエキス、ガーリックを調合したパイ菓子だ。
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散歩録~深川江戸資料館を訪ねる散歩

展示会場の階段を下ると、古い町並みにタイムスリップ。江戸時代末期、天保年間(1830年から1844年)の江戸の町並みを再現しているとのこと。天保年間というと将軍は第12代徳川家慶、大塩平八郎の乱、天保の大飢饉などがあったあたり。
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うなぎ屋さん探訪178~東京都墨田区吾妻橋「海老屋總本舗」さん

浅草の吾妻橋のたもとにある「海老屋總本舗」創業は1869年(明治2年)今回は鰻屋さんの探訪ではないが鰻の大和煮を見つけたので。
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鰻に関するウンチク~食品サンプルのはじまりは蒲焼だった!?。

このお店の始まりは、先代がものづくりが好きで座敷で使用する肘掛を作っていたのだそうだ。しかし戦時の物資不足で肘掛の制作は困難になってきたそこで、ものづくりを続けたいと願う先代は職人を集めて知恵を出し合ったのだそうだ。
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うなぎ屋さん探訪171~中華街でうなぎ神奈川県横浜市「千禧楼」さん

今回は鰻屋さんの探訪ではない。うなぎは中華食材としても使用されるようなので中華の探訪である。中華街西門をくぐると、そこは中華のテーマパークだ。目的はこれ紅糟鰻魚(ホン・ツァオ・マン・ユー)メニューには鰻の紅糟揚げとある。
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鰻が主役の漫画があるんです。

モーニングで連載していた漫画が単行本になってます。う 著者:ラズウェル細木う 4巻が出てます。これで最終本とのこと残念。ラズウェル細木先生の漫画では「酒の細道」が有名なのではないでしょうかね。粋な感じが好きです。ラズウェル細木先生のファンク...
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うなぎもどき~プラントベースのうなぎ、とうふの蒲焼

このところ鰻を食べに行けていない。というか、夏場の鰻屋さんは混雑するのであまり近寄らないようにしている。個人的に夏場の鰻より秋冬の鰻の方が好みだ。スーパーに行くと蒲焼売り場を必ず見てしまうのだが、去年あたりから鰻の蒲焼が姿を消している代わり...
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天然鰻録009~天然うなぎ1号急変

去年の夏からいる天然うなぎ1号。来た当初、呑みこんだハリの糸が肛門から出ていた。うなぎは自分でハリを出すと聞いていた。昨日、腹を破ってハリが出てきた。そこから急激に弱り始める。そして今朝には動かなくなっていた。一年近くいると情も移るというも...
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うなぎパン

世の中の変化は激しいですな去年までよかったことが、今年は通用しなかったりそんな対応に追われる。坐骨神経痛は少々改善。足首あたりから首まで筋肉が張ってしまうのは相変わらずなのだが。同時発生した四十肩は5日で改善。すぐに、反対の腕もなるよと、脅...
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天然鰻録008~天然うなぎの寝相

まさかと思う態度だ。これは、寝てるのか?死んでるのか?魚って仰向けで寝るんだと枕を貸してやりたくなる。
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天然鰻録007~秋の天然うなぎ試食会2011年

うなぎの旬といえば夏の土用の丑でしょ?実は肉がしまり、脂肪がこなれてくるのは、秋の下りうなぎと言われている。平賀源内さんの当時は鰻は秋が旨いに決まってるだろ、夏に鰻なんか食うかよ。的な風潮で夏の鰻屋さんはヒマだった。夏の鰻屋さんにお客を呼び込もうと広告を打ったのが平賀源内さんだ。「本日、土用丑の日」というキャッチコピーだ。
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天然鰻録006~天然鰻2号脱走する。

今朝、子供たちが慌てて走ってきた。大変だというので居間に行くと、天然鰻2号が水槽から出て居間の真ん中にいるではないか。助かるのか?
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天然鰻録005~天然鰻さんの日常。

昼間は管の中でじっとしている。ときどき、腹を上にしているので大丈夫かと思って近づくとうなぎ1号はハッとして腹を下にして管の奥へと入っていく、気を抜いていたようだ。なかなか可愛いやつなのだ。
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天然鰻録004~水槽の天然鰻鰻が一匹亡くなっていた。

天然鰻水槽の鰻が一匹亡くなっていた。ミニうな丼にしていただく。水質には気を遣わなくてはと思いながらいただく。
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天然鰻録002~天然鰻を飼うことになった!?

河口湖で天然鰻をいただき、八王子片倉の角喜鮨さんで試食会。クーラーボックスには簡易ぶくぶくとともにうなぎが入っている。今日中に何とかしなくちゃだよなあ。八王子からの帰り道、ホームセンターで水槽をさがす。天然鰻を飼ってみることにする。
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